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中村修氏著『なぜ経済学は自然を無限ととらえたか』 [経済と環境]

先日古本屋で 中村修著 『なぜ経済学は自然を無限ととらえたか』 (日本経済評論社刊 1995.09.10 初版)という本を見つけた。¥100 だったので買い得と思い買って読んでみた。
内容を要約すると

地球の環境資源は有限であるから、人間の社会経済が無限に発展し続けることは熱力学的に不可能である。これ以上発展不可能という限界がある。しかるに、近代・現代経済学は、自然を無限と考え、あるいは資源の有限性を無視して経済成長だけを論じてきた。 それに対して、「劣化する有限な自然」という基本原理に基づいた新たな経済学を提起しなければならない。

という内容である。私なりに解釈すると、

生物はすべて、環境のある物(その生物から見た資源;一般には食料)を消費し、別の物(その生物から見た廃棄物)に変換し続けることで生存し続けている。現在資源がどれほど多くあっても、地球環境の中ではそれは有限であり、他の生物を含む環境の還元作用(その生物から見た廃棄物を資源に変換する働き)以上の速さで資源を消費し続ければ、いつかは資源が枯渇してその生物は死滅する他はない。長期的には、還元量/時 と等しい消費量/時 の資源しか消費できない。

現代風に言えば、地球環境は物質的にはほぼ孤立した閉じた系、エネルギー的には低エントロピーの太陽光が定常的に照射され、高エントロピーの熱輻射を放出し続ける「非平衡開放系」である。このエントロピーの差が、地上に作り出される秩序の源泉となる。

いわゆる生態系は、太陽光エネルギーに基づく大気・水の循環という自然の作用と、生物群相互の消費-還元作用により、「定常的な物質循環」の流れが形成され、存続し続けている。

これに対して、人間社会の資産を形成する「生態系以外の資源を用いた人工物」には、上記の自然・生態系による還元作用が働かないから、資源はいつか枯渇し、代わりに有害な廃棄物の山ができる。

著者の中村修氏によれば、このような警告は、ほとんど近代経済学の誕生と時を同じくして繰り返し発せられてきた。しかし、それらの警告は社会的影響をほとんど持たず、近代産業社会経済は「成長路線」を走り続け、今も走っている。

それは何故か?


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