ハジュン・チャン著 『世界経済を破綻させる23の嘘』 [読書感想]

§ ハジュン・チャン著 『世界経済を破綻させる23の嘘』 ©2010

  田村源二 訳、徳間書店 刊、2011.01.10 初版発行

【構成】
はじめに 経済の「常識」を疑ってみよう
第1の嘘 市場は自由でないといけない
     ⇒真実は:自由市場なんて存在しない
第2の嘘 株主の利益を第一に企業経営せよ
     ⇒真実は:株主の利益を最優先する企業は発展しない
第3の嘘 市場経済では誰もが能力に見合う賃金をもらえる
     ⇒真実は:富裕国の人々の大半は賃金をもらいすぎている
第4の嘘 インターネットは世界を根本的に変えた
     ⇒真実は:洗濯機はインターネットよりも世界を変えた
第5の嘘 市場がうまく動くのは人間が最悪(利己的)だからだ
     ⇒真実は:人間を最悪と考えれば最悪の結果しか得られない
第6の嘘 インフレを抑えれば経済は安定し、成長する
     ⇒真実は:マクロ経済は安定しても世界経済は安定しなかった
第7の嘘 途上国は自由市場・自由貿易によって富み栄える
     ⇒真実は:自由市場政策によって国が富むことは滅多にない
第8の嘘 資本にはもはや国籍はない
     ⇒真実は:資本には今なお国籍がある
第9の嘘 世界は脱工業化時代に突入した
     ⇒真実は:脱工業化時代は神話であり幻想である
第10の嘘 アメリカの生活水準は世界一である
     ⇒真実は:アメリカよりも生活水準の高い国は幾つもある
第11の嘘 アフリカは発展できない運命にある
     ⇒真実は:アフリカは政策を変えさえすれば発展できる
第12の嘘 政府が勝たせようとする企業や産業は敗北する
     ⇒真実は:政府は企業や産業を勝利へ導ける
第13の嘘 富者をさらに富ませれば他の者たちも潤う(trickle-down theoryという)
     ⇒真実は:富は貧者までしたたり落ちない
第14の嘘 経営者への高額報酬は必要であり正当でもある
     ⇒真実は:アメリカの経営者の報酬はあきれるほど高額すぎる
第15の嘘 貧しい国が発展できないのは企業家精神の欠如のせいだ
     ⇒真実は:貧しい国々の人々は富裕国の人々よりも企業家精神に富む
第16の嘘 すべて市場に任せるべきだ
     ⇒真実は:私たちは市場任せにできるほど利口ではない
第17の嘘 教育こそ繁栄の鍵だ
     ⇒真実は:教育の向上そのものが国を富ませることはない
第18の嘘 企業に自由にやらせるのが国全体の経済にも良い
     ⇒真実は:企業の自由を制限するのが経済にも企業にも良い場合がある
第19の嘘 共産主義の崩壊とともに計画経済も消滅した
     ⇒真実は:私たちは今なお計画経済の世界に生きている
第20の嘘 今や誰でも成功する
     ⇒真実は:機会均等だからフェアとは限らない
第21の嘘 経済を発展させるには小さな政府のほうがよい
     ⇒真実は:大きな政府こそ経済を活性化させる
第22の嘘 金融市場の効率化こそが国に繁栄をもたらす
     ⇒真実は:金融市場の効率は良くするのではなく悪くしないといけない
第23の嘘 良い経済政策の導入には経済に関する深い知識が必要
     ⇒経済を成功させるのに優秀なエコノミストなど必要ない

むすび 世界経済はどう再建すればよいのか
 原則1:資本主義はいろいろ問題があるにせよ、それに優る経済システムはない
 原則2:人間の合理性には大きな限界があることを認識して、新しい経済システムを構築すべきだ
 原則3:人間の“最悪”ではなく“最良”を引き出せるシステムをつくるべきだ
 原則4:報酬は必ずその人の価値によって決まる、という思い込みを捨てる
 原則5:「ものづくり」をもっと重視する必要がある
 原則6:金融と実体経済のバランスをもっと良くする必要がある
 原則7:政府は大きく活発になる必要がある
 原則8:世界経済システムは発展途上国を不当に優遇する必要がある


【評】
内容の多くは、市場原理主義者でない普通の人にとってどちらかといえば常識的なものだ。
少々付け加えると、・・・

〇市場対政府
(1) 市場の失敗対政府の失敗
 以前に『市場対国家』(ダニエル・ヤーギン著)という本があった。(全部読んだわけではない)「夜警国家」論により小さな政府で市場に任せておいたら大恐慌で行き詰まり、「ゆり籠から墓場まで」と政府が全て面倒を見ようとしたら誰も働かなくなって斜陽国家となった。サッチャーが出てきて市場原理を再導入し、一時は成功したかに見えた。しかし、やり過ぎた。そして再び金融危機が生じた。こういうのを ”The pendulum first swung to one side and then it swung to the other, and therefore it could not rest in the middle.” (Lord Castlereagh) と言う。
 振り子が右端に振れた後だから、著者は政府の重要性を強調しているが、市場が完全でないのと同様に政府だって完全ではない。ただ、国家間の競争・闘争が存在し、世界政府(が必要かつ有効と思っているわけではない)が存在しない以上、頼れるのは自国の政府しかないことは確かだ。
 一方、市場原理主義者は、景気が良いときは全て市場の成功だと主張し、景気が悪くなると政府・中央銀行が為すべきことをしなかったからだと主張する厚顔無恥な連中だ。

(2) 政府主導が成功した場合
 戦後の日本が典型的な例であり、先進国に追いつくという明確な目標・モデルを持って、それを実現するために政府主導で最適なリソース配分をして推進するといった場合である。先進国に追いつくのに、先進国がたどった市場の試行錯誤を繰り返すのはある意味無駄である。しかし、追い付いて先頭に立ったとき、その後何をなすべきかを政府が主導するのは必ずしも適切ではない。現在の日本の競争力は、基礎科学や技術開発に政府・企業が資金を投入しその成果を企業が製品に生かしたためであって、官僚が作った多くの未来構想は失敗に終わっている。

(3) 政府が発展を阻害している場合
 典型的な例は、腐敗した独裁政権が、国際企業と結託して支配者の利益のためだけに国際企業に国の資源を収奪させている場合である。

〇利己主義
(1) 短期的利益と長期的利益
 著者は、「もしも現実が、そうした教科書に描かれているように、合理的に自己利益を追求する経済主体であふれかえっていたら、だまし、監視、処罰、駆け引きばかりが絶え間なく続き、世界はそれに耐えきれずに解体してしまうだろう」(原則3:p.340)と書いている。利己主義を批判する一般論である。しかし、このような内容は専ら衝動的、短期的な利益の追求を指している。人間はもう少し利口で、長期的利益も考慮する。そして、長期的利益の追求と克己や協力とは大体同じやり方と結果を生むものである。
 更に、著者は、「組織は、信頼、結束、誠実、協力に対して報いることができるものにならないといけない」(p.340)と書いているが、それは組織の利己的利益追求を目的とするのに他ならない。個人の利己的利益追求が問題となるものは、集団の利己的利益追求も同様に問題となることを忘れてはならない。

(2) 競争者の存在
 第2の嘘で、「GMがどのようにして、世界最強の自動車会社の座から転げ落ち、遂には経営破綻にまで追い込まれたかを、考えていただきたい。GMは株主価値最大化の最先端を突っ走り、たえず投資を削減し、控えてきた会社なのである。・・・なぜそうなったかというと、経営者も株主もそれに大満足していたからだ。・・・」と書いているが、問題は「絶えず投資を削減し、控えてきた」ところにある。もしGMが株主や経営者ではなく、社員への報酬を多くして、皆が豊かな暮らしを謳歌していたとしても、外国に「株主配当を減らし、社員の給与も減らし、ひらすら社内留保を多くして絶えず投資をする」競争相手がいたら、同じように競争に敗れて破綻することになったに違いない。
 尤も、第18の嘘では、「1960年代以降厳しい競争に直面したGMは、・・・業績悪化を食い止めるために「良い車をつくる」以外のあらゆる方法を試みたことになる。なぜそうしなかったのかという理由は、いたって簡単。より良い車をつくろうとすることが、面倒極まりないことだったからである」。競争相手にエンジンや車自体を作ってもらっているようでは、競争に勝てるわけがない。


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