佐々木融 著 『弱い日本の強い円』 [読書感想]

佐々木融 著 『弱い日本の強い円』 日経プレミアシリーズ 138 、2011.10.11 初版発行

 著者は、JPモルガン・チェース銀行のマネジメントディレクター。
 大変参考になる内容である。

【構成】
第1章 円高と円安 ―― その本質を理解する

第2章 為替の市場とはどんなところか ―― ディーリング・ルームで行われていること
 為替市場は基本的には銀行間の取引である。
 スポット、フォワード、為替スワップ、オプション、その他がある。
第3章 国力が為替相場を決めるわけではない ―― 長期的な為替相場変動の要因
 通貨の強弱は、長期的には物価の上昇率の差によって決まる部分が大きい。物価が上昇している国の通貨は弱く、物価が下落している国の通貨は強い。逆に見ると、通貨の弱い国の物価は上昇し、通貨の強い国の物価は下落する。「通貨の価値」と「物価」は同じ意味である。
 購買力平価は、為替相場の長期的な方向性をかなりの程度説明できるため、15~20年の長期的視点に立って為替相場を考える際には非常に参考になる。

第4章 円に買われる理由などいらない ――中期的な為替相場変動の意味
 中期的(6カ月以上10年未満)な為替相場の変動要因として重要なのは、国境を跨いだ資金の流れがどちらに向かっているかである。
 ①貿易に関連した資金の流れ
 ②証券投資に関連した資金の流れ
 ③直接投資に関連した資金の流れ
 ④これらの資金の流れがヘッジ付きかどうか
 実際のスポット取引高の残りの80%を占めるのは、銀行のトレーダーや短期的な取引を行うプレーヤー、つまり投機筋の取引である。しかし、中期的な為替相場の動向では、これら投機筋の取引は反対方向に動く(つまり投機筋の取引は中期的にはニュートラル)。

第5章 強い雇用統計で売られるドル ―― 短期的な為替相場変動の要因
 基本的に市場で発生している取引はすべてファンダメンタルズに基づいた動きである。
 短期的な為替相場の変動を困難ながらも予想するには、短期の投機筋のポジションの傾きを予想することや、チャート分析が有用である。
 マクロ経済に対する思惑に基づいて投機的な取引を行った人々が、利益を確定したり損失を最小限に抑えたりするために取る行動が「ポジション調整」である。
※ 短期的には、ノイズ(個々の取引、投機)による変動のほうがファンダメンタルズに基づいた動きより大きいため、ファンダメンタルズに基づいた動きが見えにくいということ。

第6章 米ドルは最弱通貨
 米ドルという通貨は常に経常赤字から発生する売りに晒されており、米ドル相場が一定レベルで安定するためには、この売りを吸収するための米ドル買いが必要となる。
 2000年~01年のITバブル崩壊をきっかけに米国への米ドル買いを伴う資本フローが減少し、経常赤字から発生する米ドル売りを補えなくなり始めた。
 米ドルの強弱と基軸通貨論は関係ない。

第7章 米金利が下落すると円高になる ―― 金利の動きと為替相場の関係
 1990年代の為替相場では貿易取引に絡むフローが中心であったのが、2000年代に入ってからは投資資金のフローの影響の方が大きくなってきた。投資資金のフローが影響度を増すことによって、為替相場の金利の相関が強くなってきた。
 為替相場と最も相関が高いのは2年物金利差である。為替相場にとって最も重要なのは、政策金利~3ヵ月物金利のような短期金利の差である。短期金利が重要なのは、短期金利が資本調達コストになるからである。
量的緩和政策で通貨安にはならない
 中央銀行が量的緩和政策を通じて金融システムに投入している資金は、銀行の当座預金として中央銀行の口座に止まっている。従って、投入した資金が金利以外の経路を通じて為替相場に影響を与えるはずがない。

第8章 介入で「円安誘導」などできない ―― 介入のメカニズムと効果
 過去の例でみると、介入時には米ドル安が続き、介入を終えると米ドルが反発して上昇している。
〇介入はなぜ効かないか
 円売り介入が始まると、市場には逆に多額のドル売りオーダーが湧いて出てくる。
 ①わかりやすい動きをするので注目が集まってくる
 ②ボラティリティが低下するのでポジションを大きくしやすくなる
  ボラティリティ(市場の変動率)が低下すると、市場参加者は保有できるポジション量が大きくなるため、ドル売りポジションをこれまでよりも大きくもてる。
 ③流動性を提供するのでそこに需要が集まる
〇介入のメカニズム
 ①財務省は日銀に対して短期国債を発行し、
 ②日銀がその対価として円資金を財務省に払う。
 ③この円資金を使って財務省は(日銀を通じて)ドル買い・円売り介入を行う。
 ④その後、財務省はマーケットで短期国債を発行し、
 ⑤マーケットから円資金を調達し、
 ⑥その円資金を日銀に支払い、①で日銀に対して発行した短期国債を償還させる。
不胎化・非不胎化介入の議論は無意味
 非不胎化介入とは、円売り介入でマーケットに放出した円資金を放置することによって、円金利が低下するから円安になる、というロジックである。この考え方自体は正しいが、ゼロ金利下で非不胎化介入を行っても金利は低下しようがないので、効果はない。

第9章 「対米ドル」相場一辺倒の時代は終わった ―― これからの為替市場と政策課題
〇円高の本当の原因に目を向けよう
 せっかく輸出企業が海外で稼いできたお金が、結局国内では非効率なお金の使い方をする政府に貸し出されることになってしまっている。
 その原因は日本の低インフレ傾向にある。
 これは日銀の金融政策の範疇を超えている。量的緩和政策はこの問題に対してほぼ無力である。
 そのような状況を作っているのは、国の構造的・制度的・税制的な問題である。
〇必要なのは企業が海外で稼いだ資金を国内に還流させる政策
 現在は、企業が海外で稼いだお金が結局は銀行を通じて国債に回っている、あるいは海外で稼いだお金を海外に置き放し(企業の海外留保利益)にする日本企業の例も増えている。
 海外留保利益を国内に還流させ、企業が新たなビジネスを開拓しやすくなるようなシステム・制度を整備することを、早いうちから大胆に進めるべき。
※ この章は、もう少し具体的な説明・方策がほしい。



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中北 徹 著 『通貨を考える』 [読書感想]

中北 徹 著 『通貨を考える』  ちくま新書 962、2012.06.10 初版発行

 「通貨」といっても「国際通貨」に限定した内容である。
 戦後、金兌換を保証するドルとの交換比率を固定する「ブレトンウッズ体制」から出発し、1971年のニクソン・ショック以降、変動相場制に移行したが、ドルが基軸通貨として機能していることには変わりがない。このため、世界経済はアメリカの景気や政策に影響を受けるというリスクを負わざるを得ない。
〇現今の状況
 ドルの信認低下、ユーロ問題、新興国の台頭、地域主義の高止まり
 第二、第三の基軸通貨の可能性の議論、IMFの機能向上
 通貨間の競争を行う制度設計の問題
〇本書の主張:「ボトムアップ」の手法
 クロスボーダーの決済という観点から、いま世界が直面する課題を整理し、各国の対応も紹介して、幾つかの戦略的な提案を試みる。具体的には、日中間で「円・人民元バスケット通貨」を創設し、これを日中合成通貨に発展させ、アジア諸国に参加を促す。


【構成】
はじめに

第1章 ユーロ危機は何を物語るのか ―― 通貨戦略の実相をみる
【要旨】
 〇通貨統合へ踏み出した以上、究極の道は財政統合を実現するほかない。
 〇これが唯一の解決策であり、これが実現するまで、長い道のりを要する。
 〇しかし、時間的にも、資金がもつのだろうか。金融は一触即発状態(袋小路)。
 〇ドイツの意向次第で、再び欧州の歴史・命運が左右される局面へ。
 〇国際金融問題の広がりのなかで、IMFの統治構造見直しは不可避である。

第2章 通貨と金融、財政の関係
【要旨】
 〇通貨・金融の活動は、それらの背景に財政活動の支えがあって正常に機能する。
 〇通貨統合は、加盟国間での財政統合の成否が、単一通貨が実現できるかのカギを握る。
 〇これら全体の仕組みを理解するうえで「最適通貨圏」の理論が重要である。
 〇通貨危機では外貨準備の保有額が重要な鍵を握るが、これも財政活動の一環といえる。
 〇危機時にあっては、金融・通貨に関する政策と、財政とのダイナミックな連携が欠かせない。
 〇こうした金融・通貨・財政の3つの活動を総合的に分析する枠組みとして、「財政による一般文化水準の決定理論」があげられる。

第3章 国際通貨と為替変動 ―― ブレトンウッズ体制からのパラダイムシフト
【要旨】
 〇戦後IMF体制がニクソン・ショックを契機に崩壊後、固定制から変動相場制へ移行し、それがさらに金融取引・資本勘定の自由化を突き進める原動力になった。
 〇しかし、変動レート制度も固定レート制度も、分析する対象時間の差にすぎない。
 〇為替変動リスクに対応して、さまざまな金融商品が開発されたが、それが一方において、金融取引の安定性を阻害する要因でもある。
 〇ブレトンウッズ体制の構築にあたり、ケインズが為替取引の制限に傾いていたことは大きな示唆を投げかける。

第4章 クロスボーダー決済
【要旨】
 〇国際決済は為替リスクの問題と並んで、国際金融の最も重要な課題である。
 〇国際決済といえども、最終的には使われる通貨の国内決済システムを通じて手続きが完了する。
 〇国際決済には時差の存在から「ヘルシュタット・リスク」という固有のリスクがある。このリスクを制御するために、CLS、直接交換(PvP)など新しい手法が注目を集めている、基軸通貨(ドル)の機能としては、“媒介通貨”の役割が極めて重要である。
 〇準備通貨・介入通貨としての機能も、“媒介通貨”という機能から派生する側面が小さくない。
 〇国際決済は、「通貨の安全保障」や「新通貨の形成」などと密接な関係がある。

第5章 アジア経済圏と通貨戦略
【要旨】
 〇通貨金融危機の頻発、経済力のグローバル・シフトを前に、IMF体制は根本的な変革を迫られている。
 〇ドル本位制度は、当分の間、継続する可能性が強いが、長期に亘って持続するという保証はない。
 〇ボトムアップによる接近法として、消費者目線で円の利用率を着実に高め、そのため、円・人民元の直接決済を促進することは、日本・中国のみならず、アメリカも含めて、決済リスクの分散に貢献し、世界の利益増進に寄与する。
 〇日中間での資金決済にはPvPを利用すれば、両国の金融・経済取引を安定化させ、経済交流の拡大につながり、また、円・元間の為替レートの安定化をうながす動きとして市場は歓迎するであろう。とくに、韓国、ASEANなども関心を寄せることにつながり、東アジア地域通貨の生成につながる可能性は大きい。
おわりに

【考察】
*国際通貨の要件
 〇通貨は通貨圏内で取引が均衡し「流通」しなければ成り立たない。
例えば、三角貿易の2国間だけで見ると、通貨の流れは一方的になるので、その2国間だけで通用する国際通貨は成り立たない。
 〇国際経済の規模の拡大に伴い、新たな通貨が供給されなければならない。
 ブレトンウッズ体制は、「アメリカが貿易赤字を許容する」ことで世界にドルを供給してきた。戦争直後はアメリカが世界の富の大部分を保有していたからこんな「鷹揚」なことができたが、現在はそんな役割を果たそうとする国はない。では、誰がどうやって新たな通貨を供給するか?

*為替変動という国際通貨の問題は、中長期的に見れば実体経済における国際的不均衡問題の反映である。
 〇通貨の本質は商品の支払い手段であり、通貨の流れは商品の流れの丁度逆になる。
 〇通貨間の取引(為替)は、他の商品と同様に「需要と供給の関係」で決まる。経常収支黒字国の通貨の需要は高まり、赤字国の通貨の需要は低下する。
 〇経済発展(革新)は、経済構造を変える。諸国間の経済発展状況が異なれば、つまり諸国間に不均衡が生じれば、為替相場は変わらざるを得ない。
 〇実体経済の問題を解決せずに、通貨(の金利や供給)だけで対処しようとしても、根本的解決にはならない。

*ボトムアップで新たな通貨が形成されたとしても、現在のドルやユーロが抱える問題を回避できない。つまり、本書の言う合成通貨が成功するかどうかは、アジア圏が均衡的に発展できるかどうか、「最適通貨圏」であるかどうかにかかっている。


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